東京地方裁判所 昭和60年(ワ)922号 判決 1991年8月06日
原告 日本システム開発株式会社
右代表者代表取締役 東島義澄
右訴訟代理人弁護士 大原誠三郎
同 小田切登
同 服部弘
被告 近畿リース株式会社
右代表者代表取締役 松井貫一
右訴訟代理人弁護士 鈴木利治
被告 株式会社 英光設備
右代表者代表取締役 吉野英生
右訴訟代理人弁護士 田邊尚
同 野原薫
主文
1 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、各自、原告に対し、二九二八万四一九〇円及びこれに対する昭和六〇年三月八日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
二 被告ら
主文と同旨の判決を求める。
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1(本件プログラム使用契約の締結)
原告は、昭和五九年五月八日頃、給排水衛生設備工事等の設計・施工を業とする被告株式会社英光設備(以下「被告英光設備」という。)との間において、汎用性のプログラムである「三次元配管図形処理システムPD/1」一式(以下「本件プログラム」という。)について、次のとおりの内容の使用権設定契約(以下「本件プログラム使用契約」という。)を締結した。
(一) 原告は、被告英光設備に対して本件プログラムにつき譲渡不能・非独占的使用権を設定し、被告英光設備が別紙物件目録一記載のオフィス・コンピューター及び同目録二及び三記載の付属装置(これらのオフィス・コンピューター及び付属装置を以下「本件ハードウェア」という。)によってこれの使用を許諾する。
(二) 被告英光設備は、本件プログラムの使用料一一五〇万円(ただし、プログラム稼働テスト料三〇万円、プログラム設置料一〇万円及び要員教育料六〇万円を含む。)並びに本件ハードウェアの代金二四五〇万円の支払いについては、リース業者である被告近畿リース株式会社(以下「被告近畿リース」という。)との間においてリース契約を締結して、右使用料及び代金を支払うことができるものとし、これによって、原告に対して、本件プログラムの検収完了の日から一か月以内に、右使用料及び代金を支払うものとする。
2(本件リース契約の締結)
被告英光設備は、本件プログラム使用契約に基づいて、昭和五九年七月一八日頃、被告近畿リースとの間において、原告をサプライヤー、被告英光設備をユーザー、被告近畿リースをリース業者とし、リース物件を本件プログラム及び本件ハードウェア、その設置場所を被告英光設備の主たる事務所、引渡期日を同年八月中、リース期間を六〇か月、リース料総額を四三六八万円、一か月当たりのリース料を七二万八〇〇〇円、第一回リース料の支払期日を被告英光設備が本件プログラム及び本件ハードウェアの検収を完了し被告近畿リースに対して借受証を交付した日(リース期間起算日)とするリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結した。
3(本件売買契約の締結)
原告は、これを受けて、昭和五九年七月二三日頃、被告近畿リースとの間において、本件プログラム及び本件ハードウェアにつき、売主を原告、買主を被告近畿リースとし、代金額を三五〇〇万円、引渡場所を被告英光設備の主たる事務所、引渡期日を同年八月中、代金支払期日を被告英光設備の被告近畿リースに対する第一回リース料支払日を基準として毎月一〇日、二〇日及び月末各締切・それぞれ当月二五日、翌月五日及び翌月一五日払いとする売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
4(原告の債務の履行)
原告は、昭和五九年八月一七日までに、被告英光設備の主たる事務所に本件プログラム及び本件ハードウェアを納入して設置し、被告英光設備は、右同日、被告近畿リースに対して、「リース物件納入及び検収確認書」を交付した。
もっとも、右の際には、右のうち別紙物件目録一記載のオフィス・コンピューターについては、原告の仕入先である訴外日本アイ・ビー・エム株式会社からの納入が遅れたために、原告は、差し当たってその保有していた同一機能を持つ代替機を被告英光設備に納入したのであったが、同年九月一二日までには約定どおりのオフィス・コンピューターと入れ替えて調整を行い、正常に稼働することが確認されて、被告英光設備は、これをもって検収を完了した。
5(被告らとの契約の解除)
ところが、再三にわたる原告の催告にもかかわらず、被告英光設備は、被告近畿リースに対して第一回リース料の支払いをせず、また、被告近畿リースは、それを口実にして原告に対して売買代金を支払わないので、原告は、被告近畿リースに代位して、昭和五九年一〇月三一日に到達した書面により、被告英光設備に対して、第一回リース料を三日以内に被告近畿リースに支払うように催告するとともに、同年一一月一七日に到達した書面により、被告近畿リースに対して、売買代金を三日以内に原告に支払うように催告した。
しかし、被告らは、いずれもこれに応じなかったので、原告は、いずれも昭和六〇年三月七日に到達した書面により、被告英光設備に対しては本件プログラム使用契約を、被告近畿リースに対しては本件売買契約を、それぞれ解除する旨の意思表示をした。
そして、原告は、同月二九日、被告らから、本件プログラム及び本件ハードウェアの返還を受けた。
6(被告らの責任)
ところで、被告らの間において締結された本件リース契約は、本件プログラム使用契約に基づく被告英光設備の原告に対する本件プログラムの使用料及び本件ハードウェアの代金の支払いのための方法に過ぎないのであるから、本件プログラム使用契約に基づく右使用料及び代金の支払債務は、被告らが本件リース契約を締結した後においても消滅しないで存続しているものと解するのが相当であり、また、被告英光設備は、本件プログラム使用契約に基づく原告に対する債務として、被告近畿リースに対して第一回リース料を支払い、被告近畿リースが原告に対して売買代金を支払うようにする義務があるものというべきである。
そして、被告英光設備は、被告近畿リースに対するリース料の支払いを怠ることによって、原告に対する右使用料及び代金の支払いを怠ったものというべきであり、原告は、前記のとおり、これを理由として、本件プログラム使用契約を解除したものである。
したがって、被告英光設備は、本件プログラム使用契約の債務不履行による損害賠償として、被告近畿リースは、本件売買契約の債務不履行による損害賠償として、それぞれ原告が被った後記の損害を賠償すべき責任がある。
7(原告の損害)
原告は、被告らの債務不履行によって、次のとおり、合計二九二八万四一九〇円の損害を被った。
(一) 原告は、本件プログラムの使用料一〇五〇万円及び本件ハードウェアの転売利益(原告の仕入値と被告近畿リースへの売買代金額との差額)四八七万四一九〇円を失い、合計一五三七万四一九〇円の損害を被った。
(二) 原告は、本件プログラム使用契約に定められたとおり、被告英光設備に対して、プログラムの設置、プログラム稼働テスト及び要員教育を行って、プログラム設置料一〇万円、プログラム稼働テスト料三〇万円及び要員教育料六〇万円の合計一〇〇万円の損害を被った。
(三) 原告は、訴外日本アイ・ビー・エム株式会社との間において、別紙物件目録一記載のオフィス・コンピューターの売買契約を合意解約してこれを返品し、同訴外会社に対してキャンセル料として四三万円を支払って、同額の損害を被った。
(四) 原告は、本件プログラムの運用のために、被告英光設備に従業員三名を派遣して要員教育等を除く付随作業に当たらせ、その日当相当額合計九四〇万円の損害を被った。
(五) 原告は、昭和六〇年三月二九日、本件プログラム及び本件ハードウェアを被告英光設備から撤収し、その運搬費用として八万円を支出して、同額の損害を被った。
(六) 原告は、本件紛議の解決のために裁判上の手段を講じ、また、本件ハードウェアの仕入先への返品等に多大の労苦を費やしたが、その慰藉料としては三〇〇万円が相当である。
8(結論)
よって、原告は、被告近畿リースについては本件売買契約の債務不履行による損害賠償として、被告英光設備については本件プログラム使用契約の債務不履行による損害賠償として、被告ら各自に対して、二九二八万四一九〇円及びこれに対する本件プログラム使用契約及び本件売買契約の解除の日の翌日である昭和六〇年三月八日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因事実に対する被告らの認否
1 請求原因1(本件プログラム使用契約の締結)の事実については、被告近畿リースにおいてはこれを知らず、被告英光設備においてはこれを認める。
2 同2(本件リース契約の締結)及び3(本件売買契約の締結)の事実は、いずれも認める。
3 同4(原告の債務の履行)の事実中、昭和五九年九月一二日までに本件プログラム及び本件ハードウェアが正常に稼働することが確認され、被告英光設備が検収を完了したことは否認し、その余の事実は認める。
被告英光設備は、引渡しを受けた本件ハードウェアの一部が代替機に過ぎず、また、本件プログラム及び本件ハードウェアが正常に機能しないにもかかわらず、虚偽の内容の記載をして原告に「リース物件納入及び検収確認書」を交付したものである。
4 同5(被告らとの契約の解除)の事実は、認める。
5 同6(被告らの責任)及び7(原告の損害)の事実及び主張は、争う。
三 被告らの抗弁
(被告近畿リース)
1(代金支払義務の停止条件の不成就)
本件売買契約においては、原告主張のとおり、その代金支払期日を被告英光設備の被告近畿リースに対する第一回リース料の支払日を基準として毎月一〇日、二〇日及び月末各締切・それぞれ当月二五日、翌月五日及び翌月一五日払いとする約定がなされていたのであるから、被告近畿リースの原告に対する代金支払義務は、被告英光設備の第一回リース料の支払いを停止条件とするものというべきである。
ところが、被告英光設備は、本件プログラムによっては被告英光設備の所期の目的とした給排水衛生設備配管図の作図をすることができず、契約の目的を達することができないとして、未だ被告近畿リースに対して第一回リース料の支払いをしていないばかりか、被告近畿リースは、昭和六〇年三月二日に到達した書面により、被告英光設備に対して、第一回リース料の不払いを理由として本件リース契約を解除する旨の意思表示をした。
2(本件売買契約の解除)
本件売買契約においては、被告英光設備がリース物件の納入を受けた後相当の期間を経過しても被告近畿リースに対して借受証・検収証の交付、第一回リース料の支払い等のリース契約条件の履行をしないときは、被告近畿リースは、無条件で本件売買契約を解除することができる旨の特約が付されていた。
ところが、被告英光設備は、前記のとおり、第一回リース料の支払いをしないので、被告近畿リースは、右特約条項に基づいて、昭和六〇年二月二三日に到達した書面により、原告に対して、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(被告英光設備)
1(本件プログラム使用契約の本旨)
被告英光設備は、その業務とする給排水衛生設備配管工事の受注先に提出し、かつ、それに基づいて工事を施工するための給排水衛生設備配管図を作図する過程をコンピューターによって処理することを目的として、原告との間において本件プログラム使用契約を締結したものであり、その契約交渉の過程において、原告に対して、再三にわたって右の目的を告げて、サンプルの図面を提示するなどしていたものであるところ、原告は、被告英光設備に対して、本件プログラムが右のような目的に有用であり、本件プログラムによって右のような図面の作図をすることができる旨を明言しつつも、成約前においてはプログラムの内容を開示することはできないなどとして、被告英光設備にその有効性について確認したり検討する機会を全く与えないで、本件プログラム使用契約を締結させたものである。
2(目的達成の不能)
ところが、本件プログラム及び本件ハードウェアが被告英光設備に搬入された後、これを試用したところ、本件プログラムは、配管図一般用の汎用性のプログラムであって、そのままでは被告英光設備の業務上の使用に堪え得るような作図をすることができないことが判明して、原告は、これを調整しようとしたが、結局、なんらの改善をみることもなく、被告英光設備は、これによっては本件プログラム使用契約の目的を達成することができないことが明らかとなった。
3(本件プログラム使用契約の無効、解除等)
右の事実によれば、本件プログラム使用契約は、本件プログラムによって被告英光設備が業務上使用する給排水衛生設備配管図を作図することができることを効力発生の停止条件とするものであったと解すべきところ、右条件は、不成就となったものである。また、本件プログラム使用契約における被告英光設備の意思表示は、その重要な部分に錯誤があって、無効である。
そして、原告は、本件プログラムによっては被告英光設備の所期のような図面の作図ができないにもかかわらず、被告英光設備を欺罔して本件プログラム使用契約を締結させたものであるから、被告英光設備は、平成二年三月一日の本件口頭弁論期日において、原告に対して、本件プログラム使用契約を取り消す旨の意思表示をした。
また、被告英光設備は、昭和六〇年三月一四日に到達した書面によって、原告に対して、本件プログラムが本件プログラム使用契約の約旨に適合しないとして、債務不履行を理由として本件プログラム使用契約を解除する旨の意思表示をした。
四 抗弁事実に対する原告の認否
1 被告近畿リースの抗弁1(代金支払義務の停止条件の不成就)の事実中、本件売買契約に被告近畿リース主張のような約定があること、被告英光設備が本件プログラムによっては所期の目的とした給排水衛生設備配管図の作図をすることができないとして第一回リース料の支払いをしていないことは認め、その余の事実は知らない。
2 同2(本件売買契約の解除)の事実は、認める。
3 被告英光設備の抗弁1(本件プログラム使用契約の本旨)及び2(目的達成の不能)の事実は、否認する。
4 同3(本件プログラム使用契約の無効、解除等)の事実中、被告英光設備が本件プログラム使用契約を取り消す旨の意思表示をしたことを除くその余の事実は否認する。
五 被告近畿リースの抗弁に対する原告の再抗弁(解除権の濫用)
1 被告近畿リースは、被告英光設備がリース料の支払いを拒むことのできるなんら合理的な理由がないことを知りながら、被告英光設備に対してリース料の支払いを催告することなく、その支払いを受けることに努めなかったばかりか、昭和五九年一〇月一七日頃、被告英光設備が第一回リース料を支払おうとしていたにもかかわらず、これを受領せずに放置し、かえって、被告英光設備に対して、リース料を支払わないように働きかけるなどした。
2 それにもかかわらず、被告近畿リースは、被告英光設備のリース料の不払いを理由として本件売買契約を解除するというのであって、それは、権利の濫用として、許されない。
六 再抗弁事実に対する被告近畿リースの認否
再抗弁事実(解除権の濫用)は、すべて否認する。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求原因1(本件プログラム使用契約の締結)の事実は、被告英光設備との間においては争いがなく、被告近畿リースとの関係においては、《証拠省略》によってこれを認めることができ、また、請求原因2(本件リース契約の締結)及び3(本件売買契約の締結)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
そして、右当事者間に争いがない事実及び《証拠省略》を併せると、給排水、衛生設備工事等の設計・施工を業とする被告英光設備は、その業務上使用する給排水衛生設備配管図の作図をコンピューターによって処理することを計画し、建築物、衛生設備、プラント、造船等における配管一般についての汎用性三次元配管図形処理システムである本件プログラムを導入することとし、その販売権を有する原告との間において、機種の選定、価額、納入時期その他の契約条件について協議してこれを取り決め、かつ、その代金の支払方法としてはリース契約を利用することを予定して、これらに関する約定を含んだ本件プログラム使用契約を締結したものであること、被告英光設備は、右の設備投資の金融の方法としてリース契約によることとして、原告とはなんらの業務提携や資本系列の関係のないリース業者である被告近畿リースとの間において、いわゆるファイナンス・リースにおける一般的な条項を含んだ典型的なファイナンス・リース契約としての本件リース契約を締結したものであること、他方、被告近畿リースは、本件リース契約を実行するため、サプライヤーである原告との間において、目的物件の品質、性能、規格、仕様等がユーザーとの約旨に適合するものであることのサプライヤーの保証条項、目的条件についての瑕疵担保責任についてのサプライヤーのユーザーのためにする契約条項など、サプライヤーとリース業者との間におけるリース目的物件の売買契約において一般的にみられる特約条項を含んだ本件売買契約を締結したものであることの各事実を認めることができる。
二 ところで、原告は、以上のようなサプライヤーたる原告、リース業者たる被告近畿リース及びユーザーたる被告英光設備の三者間の法律関係について、本件リース契約は、本件プログラム使用契約に基づく被告英光設備の原告に対する代金の支払いのための方法に過ぎないのであるから、被告英光設備の原告に対する代金支払債務は、本件リース契約が締結された後においても、消滅しないで存続しているものとし、あるいは、被告英光設備は、本件プログラム使用契約に基づく原告に対する債務として、被告近畿リースに第一回リース料を支払って被告近畿リースが原告に対して売買代金を支払うようにする義務があるものとし、このような前提に立ったうえで、被告英光設備が原告に対する右の債務の履行を怠ったとして、これを理由として本件プログラム使用契約を解除し、被告英光設備に対して、債務不履行による損害賠償を求めるものである。
しかしながら、右各契約の前記のとおりの契約条項を通覧すると、リース契約の利用を予定して締結された本件プログラム使用契約は、結局はこれに基づくリース契約及び売買契約の基本を定める仮契約あるいはリース契約及び売買契約の締結前の法律関係又はリース契約及び売買契約が当初から成立しなかった場合における法律関係を定めるためのものに過ぎないことが明らかであって、ひとたびこれに基づくリース契約及び売買契約が成立したときにおいては、その定める法律効果と矛盾する限度において目的を到達して消滅し、それ以後における右三者の法律関係は、専らリース契約及び売買契約の定めるところによって規律されるものと解するのが相当である。原告の主張は、当事者の企図した経済的目的とそれを実現するための契約ないしは法律技術とを同一視するものであって、直ちにこれを採用することはできない。
そして、本件プログラム使用契約に基づく被告英光設備の原告に対する代金支払債務は、本件リース契約及び本件売買契約の成立後においては、これに基づくリース料支払債務及び売買代金支払債務に還元され、その後の法律関係は、本件リース契約又は本件売買契約が事後に解消されたような場合の法律関係をも含めて、専らその定めるところによって規律されるべきものであるから、本件において、被告英光設備の原告に対する本件プログラム使用契約に基づく代金債務の債務不履行を問擬すべき余地はない。
したがって、原告の被告英光設備に対する本訴請求は、その前提を欠くものというべきであって、その余の争点について判断するまでもなく、失当として排斥を免れない。
三 次に、原告の被告近畿リースに対する本訴請求についてみると、原告は、ここでは、遅くとも昭和五九年九月一二日までには、本件売買契約の売主(本件リース契約におけるリース業者である被告近畿リースの履行補助者)として、本件プログラム及び本件ハードウェアを約定の設置場所に納入し設置して調整を行い、それが正常に稼働することが確認されて、原告の債務のすべてを履行したにもかかわらず、被告近畿リースは売買代金を支払わないとして、昭和六〇年三月七日に本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、債務不履行による損害賠償を求めるものである(原告がその主張のとおり被告近畿リースに対して売買代金の支払いを催告したうえで本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたこと自体は、当事者間に争いがない。)。
他方、本件売買契約においては、代金支払期日を被告英光設備の被告近畿リースに対する第一回リース料支払日を基準として毎月一〇日、二〇日及び月末各締切・それぞれ当月二五日、翌月五日及び翌月一五日払いとする旨の約定がなされ、また、被告英光設備がリース物件の納入後相当の期間を経過しても被告近畿リースに対して借受証・検収証の交付、第一回リース料の支払い等のリース契約条件の履行をしないときは、被告近畿リースは無条件で本件売買契約を解除することができる旨の特約が付されていたこと及び被告英光設備が本件プログラムによっては被告英光設備が所期の目的とした給排水衛生設備配管図の作図をすることができず契約の目的を達することができないとして未だ第一回リース料の支払いをしていないことはいずれも当事者間に争いがないところ、被告近畿リースは、抗弁として、これらの特約条項に基づいて、被告英光設備が未だ第一回リース料を支払っていないとし、あるいは、被告近畿リースがこれを理由として本件売買契約を解除したと主張して、その責任を争うものである(被告近畿リースが原告に対して右解除の意思表示をしたこと自体は、当事者間に争いがない。)。
そこで、本件事案に則してこれらの特約条項の意味内容を検討すると、先ず、右売買代金の支払いに関する特約条項の趣旨は、本件におけるようないわゆるファイナンス・リース契約(それを前提とするリース物件の売買契約)にあっては、目的物件の選定、引渡し、検収等は専らサプライヤーとユーザーとの間において行われ、リース業者がこれに関与することはないのが通常であるところから、ユーザーは、目的物件の引渡しを受けたときには所定の期間内にそれが約旨に適合した機種・性能であるかどうかを確認して検収を完了して、借受証又は検収証をリース業者に交付するとともに第一回リース料を支払うべきものとし、これをもってリース期間が開始するものとして、リース業者において約旨に適合した目的物件の引渡しが行われたことを確認することができるようにし、リース業者は、これを俟ってサプライヤーに対して売買代金を支払えば足りるとするものであることが明らかである。したがって、右借受証・検収証の交付又は第一回リース料の支払いは、通常の取引経過における目的物件の引渡しの確認方法としての意味を有するに過ぎないのであって、リース業者は、ユーザーが約旨に適合した目的物件の引渡しを受けながら、借受証・検収証の交付又は第一回リース料の支払いを怠っているに過ぎない場合においてまで、これを理由としてサプライヤーに対して売買代金の支払いを拒むことができるものではないものと解するのが相当である。
他方、約定解除権に関する前記の特約条項については、ユーザーがサプライヤーから目的物件の引渡しを受けた後、それが約旨に適合するものであるかどうかについての紛議が生じるなどして、相当の期間を経過してもリース業者に対して借受証・検収証の交付又は第一回リース料の支払いをせず、いわゆるリース契約の実行をしないような場合において、右目的物件の引渡しが約旨に適合したものである以上は、リース業者は、本来は売買契約上の債務の適法な履行又はその提供があったものとして売買契約を解除することはできないはずのものであるところ、いわゆるファイナンス・リース契約においては、サプライヤーがユーザーの適格性の判断を行い、目的物件の選定、引渡し、検収等も専らサプライヤーとユーザーとの間において行われるのが通常であるうえ、サプライヤーが目的物件の性能等が約旨に適合するものであることを保証し、ユーザーのためにする契約によってユーザーに対して目的物件についての瑕疵担保責任を負うものとするなどして、右のような紛議の解決は専らサプライヤーの責任領域に属するものと解されるところから、このような場合においては、リース業者は、目的物件の引渡しが約旨に適合するときであっても、売買契約を解除することができるものとして、リース契約が実行されず又はユーザーの債務不履行によって解除されたにもかかわらず、その実行又は存続を予定して締結された売買契約のみが残存するという法律関係の解消を図ることができるようにする趣旨のものであると解するのが相当である。そして、右特約条項の意味内容が以上のようなものであるとして、一般的に又は本件事案において、それが信義則に反するなどとして、その効力を否定すべき理由を見出すことはできない。
したがって、リース業者が約定解除権に関する前記特約条項に基づいて売買契約を解除するためには、サプライヤーがユーザーに引き渡した目的物件が約旨に適合していないなど、ユーザーが借受証・検収証の交付又は第一回リース料の支払いをしないことについての正当な理由を必要とするものではないものと解すべきである。
四 以上のような観点に立って、被告近畿リースがした本件売買契約の解除の適否について判断すると、先に摘示した当事者間に争いがない事実に《証拠省略》を併せると、原告は、昭和五九年七月二五日までに、約定にかかるオフィス・コンピューターを除くその余の本件ハードウェア、右オフィス・コンピューターの代替機(原告がそれまで展示用又はプログラム開発用に使用していた同一機種のオフィス・コンピューター)及び本件プログラムを被告英光設備の主たる事務所に搬入して、これらのハードウェアとしての正常な作動を確認し、同年八月二八日、テスト用のデータ等を使用して本件プログラムの入・出力実験を行い、汎用性のプログラムとしての本件プログラムが予定している機能が正常に稼働することを確認し、さらに、同年九月一二日までに、右代替機を約定どおりのオフィス・コンピューターと入れ替えて調整を行い、右と同様の入・出力実験を行って、正常に稼働することを確認し、また、同年七月二六日から同年一〇月一七日までの間、前後一一回にわたって、本件ハードウェア及び本件プログラムの調整作業をするかたがた、被告英光設備の従業員に対して要員教育を実施したこと、被告英光設備は、この間の同年八月一七日、原告から求められるままに、本件ハードウェア及び本件プログラムには瑕疵その他の使用上の問題は一切なく、正常に稼働することを確認し、検収を完了した旨の記載のある「リース物件納入及び検収確認書」を作成して、被告近畿リースに交付したこと、ところが、被告英光設備は、以上の一連の過程において、本件プログラムが建築物、衛生設備、プラント、造船等における配管一般についての汎用性の配管図形処理システムであるに過ぎず、これによって被告英光設備が業務上使用する給排水衛生設備配管図を作図するためには、被告英光設備において標準部品以外の給排水衛生設備の器具や部品等を表現するための形状・寸法・重量データを新たに登録して蓄積する必要があること、本件プログラムは、建築図面をトレースして入力し、これをプロッター装置によって出力して、建築図面を作図するトレース機能が充分ではないこと、本件プログラムによって配管の部品や材料の集計をすることはできるけれども、これを基礎として所要経費の積算を行い、見積書等を作成するためには、別途のシステムを必要とすること、本件プログラムによっては漢字による出力をすることができず、手書きなどによって付加するのでなければ地方公共団体等の受注先に提出する配管図面を完成することができないこと、本件プログラム上での入力操作が必ずしも簡便ではなく、入力にも相当の時間を必要とすることなどに不服を示し、原告にその改善方を要求したこと、これに対して、原告は、被告英光設備に対し、その一部については無償で追加プログラムを提供するなどするとともに、その他のものの一部については将来の一定の期限までに追加プログラムを開発して有償又は無償でこれを提供することを約するなどしたが、被告英光設備は、これをもっては満足せず、最終的には昭和五九年一〇月二〇日頃、本件プログラムは未だ未完成であって、これによっては所期の目的とした給排水衛生設備配管図の作図をすることができず、契約の目的を達することができないとして、本件リース契約を実行する意思のないことを確定的に表明し、それ以来被告近畿リースに対して第一回リース料を支払うことを拒絶し続けていることの各事実を認めることができる。
そして、以上の事実によれば、原告と被告英光設備との間における紛議は、本件プログラム又は本件ハードウェア自体の瑕疵の存否をめぐってというよりは、それを被告英光設備の業務上の具体的な使用目的に適合させるべき契約上の責任の存否に関してのものであったということができるけれども、この点をいずれに解すべきであるにせよ、被告英光設備は、リース物件たる本件プログラム及び本件ハードウェアの納入を受けた後、それが約旨に適合するかどうかを確認して検収を完了するに足りる相当の期間を経過したにもかかわらず、被告近畿リースに対して第一回リース料を支払ってリース契約を実行することをしなかったことになることは明らかであるから、これをもって被告近畿リースが約定解除権に関する前記の特約条項に基づいて本件売買契約を解除するための要件は充足されたものということができる。
原告は、再抗弁として被告近畿リースによる本件売買契約の解除が権利の濫用であると主張し、《証拠省略》によれば、被告近畿リースは、本件リース契約締結後、原告と被告英光設備との間において本件プログラムの約旨適合性をめぐって紛議が生じたところから、リース料の支払いについては右紛議の解決を待つ態度を示していたことを認めることができるけれども、これを超えて原告の主張するような事実を認めるに足りる証拠はなく、他には被告近畿リースが前記特約条項に基づいて本件売買契約を解除することが権利の濫用に当たることを首肯させる事情を認めるに足りる証拠はなく、原告の右再抗弁は失当である。
したがって、被告近畿リースは、昭和六〇年二月二三日にした解除の意思表示によって、本件売買契約を有効に解除したものということができるから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の被告近畿リースに対する本訴請求も理由がない。
五 以上のとおり、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 小原春夫 岡部豪)
<以下省略>